2009年1月18日日曜日

○ディベート○

人前でのスキンシップについてですが、はっきりとスキンシップを認める側と認めない側に線を引くことは難しいのではと思います。
それは人それぞれ感じ方が違うからです。
たとえば私たち大学生がディベートをして何かしらの結論をだしたとして、例えば年配の方に同じ質問をしても、きっと答えは違うのではないでしょうか。

私の意見としては、軽いスキンシップなら気になりませんが、あまり目の前でいちゃいちゃされると、やはりびっくりしていまいます。

このディベートは”公の場で”という設定で話し合われますが、私はその”公の場”の広さも関係があるのではないかと思います。
たとえば・・・
・公園
・バスや電車の中
この2つはどちらも公の場です。公園よりもバスや電車の中の方が範囲が狭いですね。つまり、いちゃいちゃする人と、他の人との距離がバスや電車の方が公園より近いわけです。その人たちとの距離が近くなれば、それを見る私たち自身の許容範囲が狭くなりませんか?

でもスキンシップの許される範囲は、はっきりこうだとは言えないけど、TPOを考えればだいたいわかるはずです。

スキンシップの限度にもよりますが、少し気になるくらいのスキンシップなら、「あぁ仲良しなんだなぁ」と気にとめないくらいのおおらかさもあっていいと思います。

2008年10月26日日曜日

課題

著者名:カンサンジュン
題:愛国の作法
出版社:朝日新聞社
出版年:2006年
文があったページ:128ページ

・・・すなわち、「日本人」なら空気のように馴染んでいるに違いない(と思われている)、美しい伝統とか繊細な情緒的感受性の文化とか「万世一系」のように連綿として続いてきた伝統とか、そういった感性的な存在としての「民族(エトノス)」から国家を理解することが最も「自然」だと実感されているわけです。

2008年10月13日月曜日

10月13日

留学生と街を歩いているときに思うのですが、日本人は外国人(主に白色人種や黒色人種である場合)をじろじろ見たりしすぎるように思います。

例えばアメリカはたくさんの人種がいて、ぱっと見誰が外国人なのかわからないのでそのような事は起こらないのではないかと思います。私が海外研修で1ヶ月アメリカに行ったときには、日本語をべらべら話さない限りは”日本人”だとは見られなかったように思います。反対に普通に英語で話しかけられて困ることもありましたが。少なくとも歩いていて視線を感じるようなことはありませんでした。

またその外国人をじろじろ見るのは特に年配の方に強い傾向だと思います。
留学生たちはその視線についていい思いはしないと思いますが、どのように感じるのでしょうか。

2008年9月25日木曜日

First assignment

I'm Eriko. My hobby are shopping, cooking, playing the piano, and watching a baseball game.
There are five people in my family. I have a dog and parakeets.
I'm working part-time in a cake shop.

外国の文化と日本の文化の特徴で思いつくのは、外国では(特に欧米で)ビジネスにおいて日本よりも 人と人のコミュニケーションがフレンドリーな印象があります。またメディアというか映画の中などで、日本人がよくめがねや七三分け、制服であるような気がしますが、外国人からみる日本人のイメージというのはそのような感じなのでしょうか。